撤収作業完了しました
システム上削除依頼となりますが
記事は全て非公開に設定しましたので
実質これにてエキサイトの方は終了となります
さてタクティクスオウガ(以下TO)です
ファイナルファンタジータクティクス(以下FFT)が
リメイクされたこのご時世だというのに
何今更SFCのを引っ張り出してきているんだと
さっきからもう一人の自分が突っ込みをいれてますが
とりあえずスルーしておきます
TOとFFTを比べてみますと
明らかな差として戦闘のシビアさがあります
FFTは戦闘不能になっても
肉体消滅まで3ターンの猶予がありますが
TOの場合これが一切ありません
HPが0になったキャラクターは恨めしそうに
最期の言葉を残して人の世を去ります
ウォーレンレポートには戦死者としてカウントされ
永久に消えない傷跡を刻み込まれたような錯覚を覚えます
そのくせに……
まさにTOをTOたらしめる要素として
戦闘のシビアさのくせに
敵がやたらと強いのである
ちょっとでもボーナス稼ぎに
あえて敵リーダー以外を狙おうと隙を見せた瞬間
容赦なく味方が殺されます
そうTOは難しい
しかしその難しさは決して理不尽なものではない
むしろ戦いの残酷さ
弱肉強食の世界で全力を賭して生き抜くことの意義
そういった大切な何かを教えてくれるような気がします
それはつまり心地よい難しさなのです
っあ、死んだ(リセット)
刃が頭上すれすれを掠めていく
たてがみが何本か空中に散る
緊迫した汗がじとりと肌にしがみつき
わたしを男の剣先から逃がそうと懸命にあがく
身のこなしはとうに常軌を逸していた
恐るべき切り返しの連続は明らかにわたしの判断力で追えるものではない
見えない力によって体が動いている
まさに雪原を一人歩いていた時のように……
(長くはもたんぞ)
分かっている
先ほどからひざがしきりに痛みを訴えていた
着地の度に足がもつれて転びかけてしまう
こちらに対抗する術がない限り
結果は見えていた
「何故逃げる!」
男が一旦手を止めて言う
「我々と共にリベルバーグに来るんだ」
「ここにいても必ず連中に捕まるぞ!」
十分な距離を確認してから
無意味な威嚇をするかのように言い返す
「貴方たちこそ連中と同じだわ!」
「何もかも力で奪い去っていく」
「おとうさまの次はネツァワルをも飲み込むというの!」
男が目を見開く
やや間を空けて武器を鞘に収めた
「エリス王女、貴方は一つ勘違いをしている」
努めて穏やかに話そうとしているが
高揚した呼吸はそれを許さず
途切れ途切れに言葉が吐き出されていく
「連中は我らエルソードとは何の関わりもない」
「むしろ彼らはネツァワルによる世界の統一を志す者どもだ」
「……どういうこと?」
男が一瞬にやつく
「ヒュンケル王は無事だ」
「連中がヒュンケル王を傷つけるはずなどない」
「ヒュンケル王こそが彼らの目的なのだからな」
「正確にはその秘められた願望が目的か……」
おとうさまこそが彼らの目的?
……まさか!
「気づいたようだな」
「連中が王城を攻めた理由は他でもない」
「エリス王女、貴方をヒュンケル王から引き離すためだ」
「……そんな」
「それではおとうさまは知っていてなお……」
「この世界の元であるクリスタルの性質が解明されたことがきっかけだ」
「連中の志を達成するためにはヒュンケル王と」
どす黒い心の声と残酷な男の声が重なり合う
「「その願望を現実とする大量のクリスタルが必要なのだ」」
眩暈が襲い掛かってくる
分かってしまった
ついにわたしは事の全貌を理解してしまった
* * *
「さあ、これでいいだろう」
「我々と一緒に来るんだ」
「ナイアスさまが力になってくれるだろう」
男は手を差し出して前に歩みだす
エリスが立つ場所まであとわずかのところで
力強い声が両者の間を遮った
「こないで!」
呆気にとられる男
そしてエリスはその固い決意を顕にした
「……止めてみせる」
「わたしが止めてみせるわ!」
男は黙っている
目と目が静かに睨み合う
「真実を教えてくれてありがとう」
「でも声の言う通りよ」
「もう貴方たちがこの地に留まる理由はないわ」
「リベルバーグへ帰りなさい」
「わたしはベインワットに戻るわ」
剣がふたたび抜き放たれる
「そうはいかない」
「力づくでも我々と来てもらうぞ」
言い終わるや否や男が駆け出す
一休みを経た体もふたたび舞い始める
「貴方も一つ勘違いをしていることがあるわ」
「なんだと!」
もはや危うさをみじんとも帯びていない軽やかな跳躍
男の剣技などものともせず
あっという間に距離をはじめよりも大きく拡げてしまう
「ここがなんと呼ばれているか」
「そしてそれが何を意味するのかということよ」
岩肌を突如荒々しい風が吹きすさぶ
何かが一点に集まっていく気配
世界に満ち溢れたものが収束していく
焼けるような胸の痛み
内側から燃え上がる巨大な炎
血が逆流するような
ああ今こそ契約は更新せり
* * *
焦げついた肉の匂いの中で
男は一人立っていた
怒りにまかせて何かをわめき散らす
剣をめちゃくちゃに振り回し
大地にいくつも傷跡をつける
息を切らせて
何もかも投げ出すように空を仰ぐ
「ああああああああああああああああああああ!」
叫ぶ
誰に向けてでもなく
ただただ力の限り叫ぶ
遠い西の彼方を緋色の翼がはばたいていた
完
エリスはどこに行ったのだろうか
薄っすらな明かりが灯る中で
わたしは助けを求めて彼女をさがしていた
彼女の力がまさに今のわたしには必要だった
運命をもあやつるその力が……
わたしはただ無我夢中で叫び続けた
改めて思い出すに従って
わたしは呪いがどんなものか
理解したのかもしれない
決して先見の目ではない
むしろ因果律の支配
だからこそ彼女はあれほどに余裕をうかべていたのだ
彼女は全ての結末を知っていた
「クスクス……貴方は随分と自身を過小評価するのね」
幼い自分がすぐ傍で笑う
かつてのわたしは何を為したのだろうか
「貴方はきっかけを作ったのよ」
「それは重大なことだわ」
「始まりがなければ物語は終わりようがないもの」
あの頃の明瞭さがほしい
思考がさきほどから堂堂巡りをしていた
物語が不幸な結末を迎えるのなら
いっそ始まらなければよかったのにと考える
ああ分からなくなった
「どうして?」
「貴方はどんな結末を迎えたいの?」
「これは貴方の物語なのだから」
「望む通りになるのよ?」
わたしの物語……
「貴方は今までもずっと物語に干渉してきたわ」
「おとうさまの復位に始まり」
「国の平安に続く長い善政」
「民は感謝しているわ」
しかしそれはおとうさまが為したことではないか
「貴方がそう望んだからよ」
どういうことだろう
エリスは自らの命を絶つことで
全てに干渉してしまうその力を解き放った
呪いは宿主を失い
どこへ向かったのだろうか
わたしが望んで行ったことではない
宿主の意志に関わらず
ただ読み取って
周囲を巻き込み連鎖していく
それが即ち力ではなく呪いと呼ばれる所以なのだ
「クスクス……だいぶ分かってきたわ」
これはわたしの物語……
これはエリスの物語……
* * *
眼を開ける
迷いはもうなかった
さあ結末への旋律を唄おう
むりやりねじ曲げられた物語を
正しい道筋へと押し戻そう
それが神の娘 -エリス- の役目なのだから……
(では心を決めたのだな)
声はもはや憂いを帯びていなかった
永い年月の中でこれほど充足した瞬間は久しくなかったのだろう
しかし運命は容易に改竄を許さない
それは主導権を奪われんとする時の主の最期の抵抗
近づく馬蹄音
わたしは大きく息を吸って振り返った
そこから一気に記憶があいまいになる
謁見の間までに彼女を遮る者はいなかった
幼少より聴かされた神話を目の当たりにしたネツァワル人にとって
彼女の出現はすなわち神の介入であった
その為すことを妨げるは冒涜と等しく
また事実彼女によって事態が改善されることを皆期待したのだ
当時わたしは形式上おとうさまの傍に控えていたが
執政に口を出すことはできなかった
おとうさまが変わってしまった日から
そこはわたしにとって死が宣告される場所となり
時折向けられる淡い希望の眼差しから握りつぶすように目を背ける
そんな自身の無力さを痛感するための場所となっていた
だから彼女が謁見の間に足を踏み入れた時
わたしはいつものように覚悟した
彼女はおとうさまの前に立つと
おもむろに懐から一本の小刀を取り出した
両側に並んでいた臣下たちは一瞬ざわついたが
すぐに口を閉ざして静観を決め込んだ
「その小刀でわたしを刺すつもりか」
嘲るように狂気の王が言う
しかし意外なことに彼女はふわりと微笑んだ
「いいえ」
「わたしにそのような力はありません」
刃先をすっと変えて自らの胸元に向ける
「クリスタルはただ収束点に向かって泳ぐだけ」
「やがて収束点が壊れれば次の収束点を目指すだけよ」
小刀を一瞥する
「これはただのきっかけに過ぎない」
「そして未来への忠告でもあるわ!」
何を言っているのだろう
思うよりも早くわたしは彼女の小刀目掛けてとびだしていた
突き刺さる
胸が熱い
溢れ出る赤
滴り落ちて広がって
ああ世界がぐらりとゆらいだ
それだけだった
おとうさまは気分が悪いといって自室に戻り
わたしは彼女の遺体を抱えたまま唖然としていたが
すぐに引き離されて扉の外に押し出された
彼女は何を伝えたかったのだろう
未来への忠告
彼女はあの時すでに全てを分かっていたのだろうか
そしておとうさまは直前になって気づいたのだろうか
それでも防ぐことのできなかったわたしたちを知ったら
エリスは嘆くのだろうか
翌日いつまでも朝議に現れない王を思って
臣下が伺いに行くと
窓が開け放たれた部屋には
誰もいなかったという
……
……アレ?
刺されたのは誰?
わたしのような気がする
おかしい
わたしは今でも生きているのだから
それは彼女のはず
でも確かにエリスは刺されたのだ
彼女がエリスならワタシは?
疑念と恐怖が精神を包み込む
ワタシハ……
ワタシハダレダ……?
彼女がいったい何者だったのか
詳細を知る人物をわたしは見つけられなかった
史書にはところどころにその存在を仄めかす記述があったが
いずれも伝承や神話に準えた表現に塗り固められて
肝心なことは何一つ分からなかった
ただ彼女はネツァワルが国の存亡をかけた決断を迫られた時
どことなく沸き出でてくるようだった
はたしてそれは神が遣わした使者なのだろうか
または命としてのわたしたちが本能的に生み出す救世主なのか
いつしかひとびとは彼女のことを神の娘 - エリス - と呼んだ
* * *
娘は谷の前で祈り続けていた
何も食べずただじっと願っていた
その思いは声を酷く煩わせた
事実声が何もしなければ
娘はやがてそこで餓死するだろう
しかしそれは著しく谷の静寂を乱すので
仕方なく声は七日目に大ワシの卵を一つ運んでやって
対話してやることにした
(その卵を食して立ち去れ)
(ここは汝がくるべき場所ではない)
娘ははじめこそ驚き戦いたが
すぐに卵を押し戻し声に懇願した
「ここが王家が眠る谷だとは分かっています」
「だからこそ古の王に救いを乞いにきたのです」
絶句した
確かに声はかつて王国の再興に加担したことがあった
だがそれは契約の範疇外で
気まぐれが起こした行いだった
ところがまさに気まぐれが災いして
英雄の偉業は伝説となり
伝説は神話となってしまった
(何故恐れるのだ)
声は娘に尋ねた
(国は滅ぶものだ)
(国がひとつでない限り争いは起きるものだ)
(そして最後に世界はトルクマイヤの時代のように静寂となろう)
「そんな……それが古の王の考えなの!?」
娘は信じられないように拳を震わせた
「残された……残されたわたしたちはどうなるの……」
「自身の治世が終わったのなら」
「ネツァワルがどうなろうと知らないと言うの!?」
(勘違いをするな)
(死した王は何も語りはしない)
(ただ安らかな眠りを約束されるだけだ)
風が砂を舞き起こして
意志の元娘の前にその顔を晒した
娘は納得した
「だからなのね……」
「貴方は悠久の時を生きてきたから」
「今を生きるわたしたちを理解できないのだわ!」
* * *
(娘はそれでも頑なに帰ろうとはしなかった)
(我は契約に縛られていた)
(谷の静寂のために我は娘に力を貸した)
(三十年前……獣の呪いを……)
そうなのだ
彼女は呪いを携えて
王城の門を叩き
その頃ほとんど狂人と化したおとうさまの前に
紅いたてがみをなびかせながら
立ちふさがったのだった
(ネツァワルの子よ)
(生きながらにして何故我を求めるか)
脳裏に一陣の痛みが走る
すでに何度も繰り返された声
少女は答える術を持たなかった
限界はとうに超えていた
しかし足は歩みを止めはしない
忘却された力によって支えられて
ただ目的の場所に向けてひたすら踏み出していた
(我は何も与えはしない)
(ただ古き契約に従い静寂を守護するのみ)
(汝は何故幼くして眠りを求めるか)
かすかに意識がまどろみの底よりうかぶ
懐かしい声
まるで生まれる前から知っていたような
どうしてだろうか
眼に焼き付いた光景
赤い
紅く力づよい手の掌
紅く棚引くタテガミ
紅く……
(ネツァワルの子よ)
(父の行方が心残りか)
おとうさま……
無事なのだろうか
罵声と悲鳴の中に残してしまった
わたしは何故逃げ出したのだろうか
何故おとうさまの傍にいなかったのだろう
おとうさまにはわたしが必要だというのに……
意識がだんだんはっきりとしてきた
記憶をさかのぼっていく
呪いを受けるよりも前
思考がもっと明瞭としていた頃だ
先王が崩御したことで
元より存在していた貴族間の権力争いは
さらに激化して王位を巡る内戦に発展した
裏切りに裏切りを重ねて
誰もが王位を掠め取ろうと策略を巡らせた
おとうさまもその最中にいた
奇しくも領主でありながら
武人として戦いの先陣に自ら立ち
兵からは絶大な支持を得ていた
その甲斐あってか多くの領土を獲得し
ついには他の貴族らが従属を認めて
王権をその手に収めたのだった
しかしことは簡単ではなかった
即位してからのおとうさまはいつもイライラしていた
従属を認めたというのに
生き残った貴族らは事あるごとに執政に反意を示した
建前上は民意と宣言しているため
無碍にはできずに
結果として国の再建は遅遅として進まなかった
加えて民はそれを理解せず
無能とおとうさまを責めた
酷過ぎる悪循環だった
わたしは毎日おとうさまを宥め続けたが
疲弊した精神はとうとう限界を超えてしまった
それからというもの
おとうさまにはわたしの声も届かなくなってしまった
反意を示した貴族はまよわず処断して
反乱が起これば軍をもって鎮圧し
さらに見せしめに村ごと焼き払った
それで貴族らは大人しくなったが
おとうさまは民の信頼も同時に失った
(そして故郷を失った一人の娘が我を訪ねた)
(長い年月で何度も繰り返されてきたようにな)
雪原に眩い閃光が炸裂した
銀の大地がそれをいく重にも反射し
一瞬にして視界を白が埋め尽くした
何が起こったかとっさに認識できない
馬のいななき 落馬の音 断末魔
その中からかすかに小隊長の声を拾う
「包囲陣!」
すぐさま中心地から距離を置く
馬が円を描くように連なっていく
やがて幕が少しずつ上げられて
最期の舞台が蹄のリズムに合わせて始まった
奴は明らかに一対多の戦い方を心得ていた
隙あらば着実に動きを封じられ
こちらが奴を捉えた時には喉元に刃が迫っている
決して一か八かの勝負はせず
ただ淡々とこちらの数を減らしていく
思えばわたしはこの時にしてようやく
一人で一分隊を壊滅に追い込むことの意味を
真に理解したのかもしれない
徐々に同胞が減るにつれて焦りだけが募っていく
たとえそれが奴の思うツボだとわかっていてもだ
このままでは埒があかない
小隊長もどうやら同じ思いのようだった
手に持つ剣を一度高く掲げ
右後方に振り下ろして単騎駆け出す
まさかこの場面で!?
唖然とするも命令に従い円より抜け出していく
小隊長の合図は即ち陣の解除
わたしたちに下がらせ
一対一にて決着をつけようというのだ
抜け出たわたしは離れる前に
一度馬を小隊長の横につける
そのまま併走した状態で手綱を渡された
無言のまま小隊長はわたしに向けて頷く
あとはお前に任せるということだろうか
しばらく眼と眼が見つめ合ったのち
わたしは頷き返した
おどろいたことに小隊長は笑っていた
そして走る馬から跳び降りると
わたしは二頭の馬を操ってその場をあとにした
両者が対峙した
口元をやや隠す形で盾を胸の前に
剣は突き下ろすように上段に構える
相手も間合いをはかるように目元に短剣を持ってきた
じりじりと公転しながら静かに半径を縮める
やがて互いの領域が重なった時
歩みは一転して疾走となった
最初に仕掛けたのは小隊長だった
盾で相手の得物を払いのけると同時にやや跳び上がり
落ちる勢いも利用して強烈な斬り込みをくり出す
それを紙一重でかわされると
回転に身を任せて盾で足元を防ぐ
ここで刃先を返し逆回転で大きく横一文字に振り払い
両者共に一旦距離を空ける
一呼吸を置いて再び駆け出す
今度は左右にフェイントを織り交ぜながら
流れるような連続斬りを放つ
全くかする気配がしない
ならばと相手の着地を見計らって
盾で剣全体を覆った姿勢から鋭い突きを刺し込む
腕に軽い圧力が加わり
相手の体が頭上を舞うように越えていく
化け物め!
心で罵りながら急ぎ背を屈める
かろうじて首のあった場所を相手の刃が空振りした
大技のあとは隙も大きい
振り返るに乗せてなぎ払う
はじめての手応え
剣は交差した二本の短剣に受け止められるも
純粋な力の差は歴然
殺しきれなかった分が相手を軽々と吹き飛ばす
雪の上を何回転かして
またも睨み合いに戻った
突然相手が何かに気を取られたかのように
北方の山脈を遠望した
そして安心した表情でこちらに向き直り
両手を力無げに下ろした
「何のつもりだ!」
小隊長が怒鳴りつける
緋色の獅子は含み笑いを浮かべながら
さも見下した目で覗き込んできた
「もはやお前たちには追いつけまい」
「あの子はまもなく加護されし地に踏み入る」
「これ以上お前たちがこの地に留まる理由はない」
「おとなしく老錬金術師の元に帰るが良い」
言い終わるや否や崩れ落ちる肉体
そのまま二度と動かない
* * *
不可解なことに
死体の昇華はとうに始まっていたらしい
その具合から推定された死亡時刻は
わたしたちとの接触より二時間前だという
ではわたしたちは何と戦っていたのだろうか
「ここより北には何がある?」
馬の鞍脇に括りつけた荷物から
羊皮紙の地図を抜き出し広げる
指先で現在地をたどり
地図に付記された方位に沿って動かしていく
やがて一つの文字列に突き当たった
「竜の谷です……王家の墓があるという……」
顔を上げると小隊長はすでに馬上だった
「動ける者は引き続き北上」
「負傷者は副長と共に拠点にもどれ」
「竜の谷……そこにエリス王女がいるはずだ!」
何が彼をそこまで突き動かすのか
わたしにはすでに分からなくなっていた
別れを言う暇さえなく走り去る小隊長の一行を
わたしたちはただ眺めているしかなかった
物語は決して終わりはしない
たとえ語り部を失ったとしても
世界はなお人知れず紡がれ続けるだろう
やがて新たな語り部が現れるその時まで……
そして紡がれた史実の暗部が明るみになり
物語は再び一つの連続体となる
では誰が古き語り部の最期を物語るか
白地図に刻まれた存在してはならない瑕
その痛みが次の語り部に何を遺すか……
* * *
彼は立ち尽くしていた
傍らには女性が倒れていた
首元から夥しい量の赤が広がっていて
まるであらかじめそこに敷かれた絨毯のようだった
彼はゆっくりと跪く
女性の顔を胸の中に抱き寄せ
声にならない嗚咽を静かに溢した……
死は人に与えられた神の恩寵という
永久に世界に縛られることなく
望む時にそこから抜け出すことを許されることだという
最期を迎えるその時
世界から解き放たれるその感触はさぞ幸福なのだろうか
そうあってほしいと彼は願う
そして残された恋人の結晶を空へと放つ
クリスタルがいく筋もの煌きとなって
彼の悲しみを少しずつ違う感情へと塗り替えていく
「前方人影です!」
斥候の報告を受けて
小隊長はさらに強く馬を鞭打った
他の隊員もあとに続く
間もなく白の中に黒い点がうかんできた
奴なのだろうか
言わずとも分かっていた
雪原の中でただ一人佇む者など
奴以外に誰がいるというのだろう
それよりも……
視線を僅かにずらし
やや前を走る小隊長を見た
心なしか鞭を握り締めた手が震えていた
途端にわたしは不安になった
はじめわたしは小隊長が部下の無念を代弁していたと思った
しかし出発の間際に見せたあの姿で
わたしは確信してしまった
小隊長は復しゅうをするつもりなのだと
奴が生きているなら
クーデターの真相を確かめる重要参考人として連れ帰る必要があった
万が一小隊長が奴の首を刎ねた場合
不本意ながら隊全員が証人となり
小隊長は軍事裁判にかけられるだろう
私情にて作戦を妨害した罪はおもい
ましてや此度の作戦は
国家の行方を占うといっても過言ではないものだ
最悪の判決ですら容赦なく発せられるに違いなかった
距離が縮まる
黒い点がだんだん大きくなり
人の形をとり始める
と同時にそれは異形の姿をわたしたちの前に晒した
それは黒くなどなかった
赤い
緋いマントを纏ったような姿
かみは血のりで固まり
あたかも獅子のたてがみのように思えた
それはかがみ込み
雪の中から一組の何かを抜き放った
「抜刀!」
小隊長の声に反射的に体がうごく
シャァァンという聴き慣れた音が響き渡り
執念と怨念が確かにそこでぶつかり合った
経過報告書
シュア島 第三守備小隊
ブェフェ雪原駐屯分隊 エル・クノーラ記述
着任してより一月
駐屯地区の巡回中に昏睡状態の女性二名を保護
衣服にベインワットの刺繍が認められたため
例外処理方策に従い駐屯基地へ護送
所持物にネツァワル王家の紋章を確認から
女児の方をネツァワル王女と認識
もう一方の女性を身辺護衛の者と予測し
駐屯隊員に準緊急体制へのシフトを通達
同日シュア島に向け伝令が出発
三日目シュア島にて合流予定
二日目昼頃に両者意識を取り戻すが
王女に一時的な記憶障害を確認
女性との接触によって回復を計るも
目立った反応が確認できず
長期の保養が必要と判断
リベルバーグへ該当手続きの準備を要請
また王女の記憶障害にショックを受けて
女性の方に軽度の精神分裂症が見られるが
徐々に安定に向かって
……
…
「以上です」
書きかけの報告書を傍に置いて
改めて周囲を見回していく
テントの中には争った痕跡など皆無に等しく
真剣な様子で手掛かりを求める自分らが道化に思えてしまう
しかし一歩ここを踏み出せば
辺り一面の惨状が容赦なく突き付けられる
「クソッタレ!」
小隊長が悪態をつく
立場上他者の前では冷静を装うも
心中はさぞ煮えくり返っていることだろう
まかりなりにも他国に侵入しての任務だ
危険は部下ともども承知していた
現地守備隊と接触した場合
全滅も致し方ない
それでも果敢に戦った結果としてなら
納得もいくものである
しかし狂人一人に……
それがたまらなく悔しいのだ
「失礼します」
テントの帳をくぐって
鑑識担当が顔を覗かせた
「クリスタルの痕跡が見つかりました」
「追跡が可能です」
「いかがなさいましょう」
むうっと唸ってから
小隊長は振り返った
「第四分隊は引き続き掃除を頼む」
「残りは出発の準備に取りかかれ」
「三十分でここを出る」
「すぐに!」
* * *
白銀の大地に赤を描く
寒い……熱い……
感覚がどんどん曖昧になって行く
視界がぼやけて
現実と幻覚の区別も分からなくなって……
ああ
エリスさまが待っている
じっと前でわたしが追いつくのを待っていて……
「こないで!」
!?
「いや!こないで!」
なにを言って……
ほらやっと追いついた
もう大丈夫だ
敵はもう……いないんだ
だからどこか安全な場所へ行こう
朝は鳥の鳴き声で目を覚まし
山羊たちと野山を歩き
時には泣いて
時には笑って
争いとは無縁の静かな……
何をそんなに怯えて……?
「こっ……ころさないで……」
こ……ろす……?
まさか……
わたしはエリスさまの頭を撫でてやろうとしたのかもしれない
しかし差し出した手が眼に映った時
わたしはようやく自分の姿を理解してしまった
わたしの手は赤に染まっていた
手だけではなかった
服も足も
恐らく顔もだろう
人差し指を舐めてみると
懐かしい味がした
ああ……血のアジだ……
ハハ……ハハハ……
わたしはそこで跪いた
そして静かに呟いた
「行きなさい……」
「ネツァワルの娘よ……」
「もう敵はいないのだから……」
完
眩暈のする一日がようやく終わる
唖然と立ち尽くしたあとの記憶は定かではなく
月の下でわたしは一人炎の揺らめきを見つめていた
エリスさまは生きていた
それはどんなことにも勝る幸運のはずなのに
わたしは素直に喜ぶことすらできなかった
王からの願いを使命として
ここまでやってきたが
結局エリスさまとの個人的な関係に
わたし自身優越心を感じていただけなのだろうか
確かに親衛隊に任命されたあの日から
エリスさまとわたしには主従を越えた関係があった
城内でわたしを見つけるなり
エリスさまはとびついてきたし
遠出の時にはわたしも何故か個人的な挨拶をしに行ったものだ
それは言わば姉妹のようなものに近かった
その関係が失われただけで
たったそれだけのことでわたしは自らの使命すら捨て去ろうとしていた
なんと脆い!
死がお前を捉えるその時まで王に忠誠をちかうというのは嘘偽りだったのか
否!
ナラバ……
ナらバ示ソウ!
ワタシはネツァワルの民なのダカラ……
決意ガ炎の中の木片のヨうに強固なものとなッテいくに従って
今まデ見えていなかったモノが少しずつ明らかにナってきた
何故こンナ簡単なことに気付かなかッたのだろう
エルたちは情報部隊によってエリスさまが脱出していルことを知っていた
しかもそれが当日だという日時まで特定しているのだ
どうやって?
いくら先行している情報部隊とはいえ
脱出した日時が特定できるとはどういうことか
簡単だ
王室に内通者がいるか
突入してきた敵と通じているかだ
もしかしたら彼ら自体が敵の一部隊で
国境近くでわたしたちが通るのを待ち構えていた可能性すらある
否、その方が頷ける
彼女たちがエルソード所属だという証拠がどこにある?
ましてやエルソードが味方であるという証拠がどこにある!?
国境にて亡命者の保護が目的だって!?
雪原のど真ん中に拠点を構えてか!
こんな場所に拠点を構える利点など分かりきっている
人目に触れないことと捕らえた者が簡単に脱出できないようにするためだ
もはや自分たちが敵の腹中にいることは明白だった
不敵に笑いが込み上げてくる
間に合ってよかった
エルは翌朝出発すると言っていたが
つまりチャンスは明け方しかもう残されていないということだ
幸い彼女たちの人数は決して多くない
うまく立ち回れば一人でなんとかできそうだ
その隙にエリスさまを逃がしてあとで合流するか
最悪でも全員を道連れにすれば
この雪原とて脱出は不可能ではない
わたしの決心は完全に固まった
その時背後に足音がして
わたしはとっさに身構えた
いきおいよく振り返った先に突き出されたのは
思いの他あたたかそうなミルクティーだった
「ふふ、どうしたの?」
「いくら火の傍でも冷えるわよ」
エルの親切そうな手からミルクティーを受け取り
両手で抱えるようにして軽く一口飲み込む
血が巡り指先からも分かるように感覚が鋭くなっていく
「ありがとう」
「ちょっと考え事をしていただけだ」
「丁度戻るところだったよ」
テントまで戻りおやすみを言う
そして立ち去る彼女の背中を暫し見つめてから
振り切るようにわたしは帳をくぐった
遠い過去
わたしはその笑顔に助けられた
近い未来
わたしはその泣顔に見放された
いまだ訪れぬ先のことなれど
それはすでに去りし日のように確定的だった
その混沌とした夜
懐かしい夢が別レの合図となった
指先を誰かが触っている
体の上を何かが覆っている
なんと温かいのだろう
やがて全身の感覚が戻ってくる
目を僅かに開けて周りを見回す
厚い布地が天井から均等に広がるように垂れ下がり
地面には緋色の絨毯が敷かれている
中央には支軸となるやや太めの柱が立ち
横に携帯用の金属ストーブが置かれていて
中からコークスの赤い光が溢れ出てくる
「気がつきましたか」
指先から辿るように声の主を見る
ようやくすぐ傍にローブを着た壮齢の女性が
座っていることに気付いた
「ここは……?」
起き上がろうとするが
まだ体が引きつっていてうまくうごかない
「急には動けませんよ」
「まだ一夜が明けただけですから」
「何か食べるものをとってきますね」
何度か試すもついに上半身を起こせず
諦めて毛布に体を埋める
暫くして女性はシチューのようなものを持って戻ってきた
わたしの目の前で一口食べて見せたのは
恐らく無意識にわたしが警戒していたのだろう
長年の習慣はやはりそう簡単には消えなかった
女性は続けてわたしの足をベッドの端から絨毯の上に下ろした
そうすることで反動で上半身が起こせるからだ
わたしが確かめるように手を開いたり閉じたりしていると
ようやく彼女は話し始めた
「わたしはエル」
「ここはフェブェ雪原の端」
「シュア島までは五リーグもありません」
くすっと微笑む
「もう大丈夫ですよ」
「その衣服の刺繍はベインワット王宮のものでしょう?」
「追手はまだ報告されていません」
「ですから今は体の心配だけをしてください」
そこまで話すと
防寒フードをつけた男が一人入ってきた
何やらエルに耳打ちをすると
こちらを鋭い目つきで一瞥して
軽い会釈を残して出ていった
するとエルは皿を横に置いて
わたしに手を差し出した
「あなたの連れの子が目を覚ましたようです」
「もちろん行きますでしょう?」
連れの子……
「エリ……いや……はい、行きます」
まだ足がぐらついたが
使命がふたたび体を突き動かし始め
炎がふたたび心の中で灯った
テントを出ると
外には同じようなものがいくつもあり
移動用と思われる馬が何匹か
たき火の傍につながっていた
歩きながらエルは説明を続けた
「わたしたちはエルソードのシュア島守備隊に所属する者です」
「ネツァワルで起きたクーデターの事実確認を含めて」
「亡命者の保護を目的として派遣されました」
反応を伺うように
エルは一瞬振り返った
「先行している情報部隊によると」
「ベインワットはすでに制圧されたようです」
「ヒュンケル国王の安否はいまだ確認できていないようですが」
「一人娘のエリス王女が直前にベインワットを脱出したとの報告があります」
恐らくわたしが何か言うことを期待したのだろう
言葉を続ける前にエルはやや間を置いた
しかしわたしが黙ったままでいると分かると
小さくため息をついて歩き続けた
やがて周りのテントと装飾が違うものの前に着くと
エルはわたしを先に行かせるように脇へ一歩下がった
入り口の垂れ幕をくぐり
視線を中央に置かれたベッドに向ける
そして我らが姫君は上半身を起こした状態で
静かにそこにもたれていた
まるで生きていることが信じられないように
わたしは震えながら一歩一歩近づいた
その顔を覗き込むようにしゃがみ
涙ながらに語りかけた
しかし全てはそこまでだった
わたしが知るネツァワルの娘はすでにそこにはいなかった
「アナタ……ダレ……?」
その日ベインワットに雪が舞いおりた
山岳地帯が多くを占めるビクトリオン大陸では珍しいことだ
人は物珍しそうに空を仰ぎ
子供たちは地に積もったその白く冷たい結晶をつかんで
大いにはしゃぎ回った
それは王城でも同じだった
兵士たちは久しい天の気まぐれに心を休め
女中らは談笑に花を咲かせた
誰もがこの日常に現れた意外を歓迎し
それぞれに満喫していた
城門の歩哨に王室の辞令を見せると
心地良い笑顔で祝いの敬礼をもらい
城壁への合図で門がゆっくりと開かれた
石造りのアーチをくぐった先は長い環状に伸びる傾斜で
登りながらわたしはすっかりこの壮大な建築物に見入ってしまった
突き当たりには大きな中庭が広がっていた
そこから王城まではかの有名なグレートブリッジがかかっていて
幅広いはしの両側には行商のテントがいくつも並んでいた
案内の者について行きながら
ちらっと見渡すだけでも眩暈がしそうで
改めてわたしは首都の規模の大きさに驚かされた
謁見の間より手前の廊下で
暫く待つように言われた
廊下の横には広場があり
積もった雪に光が反射して一面銀色に輝いた
その幻想的な情景を心あらずに眺めていると
激しい足音と共に廊下の曲がり角から
女の子がすべるように転がりでてきた
余りの出来事に目と目が合う
暫し見つめ合ったのち
急に我に返ったように女の子は周囲を見回し
慌てて柱の陰に身を隠した
しかしやはり気になるのか
時折顔を出してこちらを見ては
わたしが目を向けるとまたサッと引っ込めた
(面白い子だな)
(女中の見習いなのだろうか)
王城の中を女中見習いが
まさか縦横無尽に駆け回っているなどとは夢にも思わず
わたしは退屈も手伝って
少しからかって見ることにした
手始めに女の子が顔を引っ込めている間に
一歩一歩近づいていった
さながら子供の頃の遊びのようで
長い間感じることのなかった妙なスリルに
心はウキウキと弾んだ
その内女の子も異変に気付いたようだ
じっとこちらを見つめているかと思うと
くるっと身を返して次の柱の陰に隠れた
この不思議なやり取りは柱が尽きる廊下の端まで続き
はてさていったい彼女は次にどうするのだろうと
意地悪にも内心わたしは考えていた
すると女の子は広場の方に走り出た
雪の上をざくざくと踏みつけながら
広場の中央に植えてある木を目指すようだ
狼はついに子羊を追い詰めたらしく
広場の木が女の子の最後の砦となった
なおも近づく追跡者に
ついに観念したかと思いきや
素早い手捌きで木の上に登っていった
(なるほど)
(これはとんだお転婆娘だ)
背伸びをすれば届く高さではあるものの
わたしは暫く木の下で待ってみることにした
追い詰められた女の子はじっとこちらを睨みながら
とうとう獅子のように唸り始めてしまった
よく見るとかみの間からふさふさの獣耳が覗いているし
スカートの下からは独特の提灯尻尾がちらついていた
昔は獣人も珍しくなかったが
史実によると先代の内乱で多くが死したらしく
現在ではほとんど見かけなかった
それでも首都なのだから保護を受けた獣人の娘がいても
わたしはなんら不思議に思わなかった
さてさすがにかわいそうになったので
わたしは元の廊下まで戻っていった
ところがいつまで経っても
女の子は木から下りてこようとしなかった
その上どう見てもおろおろとしている様子で
これはもしやと思い
結局わたしは木の下にまた戻る羽目になった
できる限り優しい声で女の子に尋ねる
「もしかして……おりられないのかい?」
ほとんど涙目で女の子は頭を縦に振った
そこでわたしは背伸びをして
両手で受け止める姿勢を作った
やや戸惑いながらも互いに確認の頷きをかわして
えいっと同時にわたしの上に女の子が覆いかぶさった
背伸びをしている関係で不安定だったこともあって
勢い余った二人はそのまま雪の上に倒れこむ
それでも幸いわたしが丁度下敷きになる形で
女の子には怪我はないようだった
去り際女の子は控えめにありがとうと言った
謁見を待つ間のこととはいえ
わたしはすっかりこの女の子に興味を奪われ
就任してから一番にこの子を探して驚かせてやろうと考えた
もちろんこの五分後に謁見の間で
わたしは逆に驚かされたのだが……
軍に所属してより七年目の冬
情報作戦での功績を認められ
王室の親衛部隊に加わることを許されたのは
そんな寒くも心温まる日だった
雪原の中を二人が行く
重い足取りで一歩一歩と
振り返って思い出の中の故郷を見る
斧を携えた屈強の戦士たちを見る
吹き鳴らされる角笛に
岩高くひるがえるネツァワルの証を見る
彼らはいったいどこへ?
心の内では分かっている
山に降る雨のように
草原に吹く風のように
栄光の日々は過ぎ去り
はるか遠く時の彼方へと失われたのだ
いったい何故このようなことにと自分に尋ねる
記憶の奥底をさぐり
答えを見つけ出そうとする
兆しはどこにあったのだろうか
それはいつのことなのだろうか
一つ一つ思い出の中を
慎重にかき分けて行く
奇異というと思い当たる
シュア島の一件が終わり
クローディア水源へと急いだ半年前である
夜を徹して馬を走らせた結果
どうにか翌日の昼には現地に辿り着いたが
その場で目の当たりにしたことを
今でも印象ぶかく覚えている
あの戦いを戦争と呼ぶことはできない
言うなれば虐殺に近い
敵兵の行動に本能的に武器を振るうも
内心誰もが唖然としていただろう
戦略はみじんも感じられない
個々の兵に技量も全くない
ただ殺されるためだけに突進してくる
それが唯一の感想
奇襲は瞬く間に制圧
取り囲まれた敵兵は
降伏すると思いきやなおも刃を振るう
仕方なく応戦の結果
ついには死体だけが残される
肉体が昇華する前に調べた結果
どうやら正規の兵ではないと判明した
背中に押されていた烙印は
彼らが元囚人や罪人であることを示した
のちにカセドリア連合王国に使者を送ったが
先方は今回の奇襲を完全に否定した
結局シュア島と同じく
真相が判明しないまま
時は人々の記憶からそれらを押し流した
そして仮初の平和を経て
今回の王国の崩壊に至る
やはり何か手掛かりが残されている
漠然とした違和感は確信へと変わる
あとは気付いてやるだけ
それだけでこの一連の事件の真相は明らかになるのだ
もう一度
もう一度当時の文書を頭の中で読み返す
クローディア水源の戦闘における敵兵の検死報告書
シュア島の件について後日エルソードより送られた調査報告書
カセドリアのティファリス女王へ宛てた王室の親書
および返答としての相手側の公式見解文書
カセドリア連合王国へ入った情報収集部隊からの定期報告書
王はこれらの文書を見て予測したのだ
やがて王国の崩壊が起こること
そしてエリスさまの……
思考を遮るかのように背後で倒れる音
血の気がさっと引いていく
振り返り駆け寄って
小さな体を全身で包むように抱きかかえる
なんと冷たい肌なのだ
腕の中でエリスさまは小動物のように震えていた
肉体の限界だった
最後に訪れた辺境の村に戻るか
洞窟をさがして火を起こすか
どちらも間に合いそうにない
悔しさに涙が頬を伝った
命に代えても守るとちかったというのに
わたしは天を仰いだ
もはや誰でもいいと思った
どうかこの子を
我らが姫君を助けて……
吹き抜ける風に混じって
蹄の音が近づいていた
王が発狂した
物資を補給するために立ち寄った平野の村で
わたしたちが最初に耳にしたものがそれだった
まずは罪人を片っ端から処刑した
たとえどんな罪であろうと、だ
余りの急変に近衛の者が異議を唱えると
それもまた即座に斬首された
王室は一気に混乱の最中に落とされた
呪いが進行したのではないかという声があった
または戦いに明け暮れている内に
獣の血が目覚めたのだという失礼極まりないものもあった
通りすがりの老婆が言う
優しい王だったのに、と
この国はやはり呪われし運命に囚われているのだ、と
わたしは反論したかった
声を大にして断じて違うと叫びたかった
証拠がほしいのなら見せてやる
わたしこそが王室近衛の者であり
燃えさかる首都から我らが幼き姫君を託されたのだと
懐に隠し持つ王家の紋章をたたきつけてやりたかった
唇を噛み締める
店主から銀貨や銅貨の入った袋を受け取ると
足早にわたしはその場を立ち去った
王は最期の時
わたしの名が何であるかすら思い出せなくなっていた
確かにそれは一種の呪いだった
日を追うごとにこぼれ落ちてゆく記憶
大切な者の名でさえ
いつか忘れてしまうのではないかという恐怖
それに耐えながら
それでもなお
あの優しい眼で語りかけてくれたのだ
「わたしの忠臣よ」
「もはやそなたの名も分からなくなってしまった愚王の頼みを聴いてほしい」
「間もなくわたしは娘の名でさえ思い出せなくなるだろう」
「そしてそれを合図として彼らは攻め入ってくるだろう」
「町は燃え、人は死ぬ」
「そしてネツァワルは沈んでゆくのだ」
まるで自身の不甲斐なさを呪うかのような声
しかしわたしは黙って聴いているしかできなかった
「だが娘には生きていてほしい」
「わたしが娘の名を忘れたその朝に」
「どうかこの国から連れ出してやってほしいのだ」
わたしはその願いにも等しい命令を了承した
そしてその朝はやってきた
強きネツァワルの娘は泣いていなかった
それどころか立ちつくすわたしの手を引っ張った
見下ろすと小さな瞳にはすでに父親と同じ意志が宿っていた
わたしたちは駆け出した
やがて事態は王の言った通りとなった
何者らが王城に突入し
瞬く間に辺り一面戦場となった
走って走って
秘密裏の出口から城の外に出た時には陽が傾き始めていた
どうかこの国から連れ出してやってほしい
王の最期の命に従い歩き出す
しかしどこへ?
周辺の領土図を思い浮かべる
最も近い異国はどこか
シュア島
半年ほど前のクノーラ関所惨殺事件以来
エルソードの領土となっているはず
あの場には自分も付き添いとして参じた
ナイアス・エルソード
かの老錬金術師なら信用に足るだろう
いざふたたび
シュア島へ
首都が燃えていた
人が燃えていた
あるいは人でさえないのかもしれない
大小様々な黒い影が
ゆらめく炎の中で踊っていた
赤い赤い
何かは分からない
誰かも知らない
あるいは理解しようとしないだけ
幼い手を引き連れて
悲鳴や怒声をかき分けてゆく
走る走る
頭痛がひどい
吐き気がする
今すぐにでもうずくまり
全てを投げ出したくなる
振り返る
ふわふわとした耳
しかしうつろな瞳
守らなければ
それがこの身に課せられた
最後の使命なのだから
なんとしても守り通すのだ
思考は全く働かない
あたかも執念の鬼
理由もなく
ただ目の前に迫り来る物体を
切り捨てるのみ
通路を走りぬけ
角を曲がり
石畳の階段を下りる下りる
突如死角より放たれる短針
避けられないと思った矢先
小さな体が自分の前に覆いかぶさって
――――――!!!
「うあああ―――!!!」
自らの叫びで跳ね起きる
冷たい風が吹きぬけ
次第に現実感を取り戻す
少しばかりうとうとしていたようだ
傍らに横たわる小さな体を見る
傷がないことを確かめると
ようやくほっと胸をなで下ろした
空は薄明るい
まだ日の出前のようだ
今日中にソルダッド遺跡を
抜けられればいいがと考える
しかしそれも難しいだろう
首都からだいぶはなれた
ここからは整備の行き届いていない
街道の方が多くなってくる
それにこれまでの道のり
連日歩き詰めだったことを考えると
やはり長旅に慣れていないエリスさまには
少し酷すぎるのではないかと思った
(酷すぎる、か……)
帰る場所を無くすことより酷なことなど
どれほどあるのだろうか
もう一度傍らを見る
冷えないように
自分の毛布をさらに重ねてあげる
ふといたずら心に駆られて
緋色の毛に覆われた耳に手をやる
くすぐってみるとおもしろいように反応が返ってきて
思わず笑みをこぼしてしまった
(そうだ、ゆっくり眠るのだ)
(少なくとも眠っている間は)
(悲しみに心を押しつぶされないのだから)
「紙面の記述や紋様の写しと照らし合わせた結果」
「我々はこの斧がネツァワルのものではないと結論付けた」
老錬金術師が合図すると
うしろのカーテンが開き
一冊の古文書が運び込まれた
「これはネツァワル先代の頃の原本」
「当時の内乱は我々から見ても凄まじく」
「先王の計らいで一部の史書が保管のためにこちらに渡った」
頁がめくられる
「該当の記述じゃ」
わたしは目を大きく見開いて
書に描かれた紋様と目の前の斧とを見比べる
確かにこの精巧さは国蔵品ならではのものだった
「ではなぜ出兵を?」
小隊長が我慢できずについに切り出した
視線を再び老錬金術師に戻す
「ネツァワルで造られたものではないと分かった」
「しかしそれは事件の真相を明らかにするものではない」
「我々には真犯人が何処の誰であるか」
「判明するまで待つほど時間がなかったのじゃ」
「そんな……!」
危うく「馬鹿な」が続けて出る寸前で
老錬金術師の眼差しがわたしの愚行を未然に防いだ
「兵は完全にいきり立っていた」
「旅の商人によって事件は瞬く間に全大陸に行き渡るだろう」
「他の国々は我々の反応に関心を寄せる」
「そんな中で消極的な姿勢を見せることがどれほど危険か」
「分かって頂けるだろうか」
耐え切れずにわたしはうつむいた
「ましてや真相が分からないのだ」
「我々には出兵を却下する理由が見つからなかった」
遠くで角笛の音が響く
またどこかで戦が始まったのだろうか
王が口を開いた
「そちらの事情は理解した」
「ネツァワルとしても真相の究明には協力したい所存だ」
「しかし……」
一拍置いてから続ける
「現状の収拾はどうするつもりだ?」
「間違いだったではもはや済まないのは承知の上だろう」
老錬金術師が頷く
泥沼状態だった
エルソードは出兵の理由により
現状からの撤退は不可能も同然
またネツァワルとしても
一戦交えたあとでは
黙って下がることは叶わないだろう
場は沈黙に包まれた
恐らく双方ともうまい方法を考えているのだろうが
わたしには現状からすんなり抜け出す情景など
全く想像がつかなかった
ところが
きっかけはすでに到着していた
「失礼します!」
カーテンがサッとめくられ
兵士が一人そこに跪く
見るとネツァワルの伝令兵だった
「クローディア水源にて奇襲有り」
「敵軍はカセドリア連合王国であります」
王が老錬金術師に向き直る
「偶然と思うか?」
「はてさて……」
立ち上がり一礼を送る
「ネツァワルはシュア島より撤退しよう」
「元シュア島守備隊はそのままエルギル高地を経由して」
「クローディア水源に向かうように」
「この件は暫しエルソードに任せる」
「了解!」「了解!」
急ぎ馬上の人となるうしろで
老錬金術師が見送りにきていた
完
薄暗い天井まで届く一面の棚
そこに並べられた万は超える書物
埋め尽くされた空間のわずかな隙間を
ただ古びた紙の匂いがぎっしりと充満していた
ふと小さな明かりが通り過ぎる
棚と棚の間をするすると抜けていく
明かりが通ったあとには
線香花火のような煌きが残った
明かりがようやく目的の人物を見つけ出した
迷路のような部屋の一角で
老人は静かに頁をめくっていた
「ナイアスさまぁ〜!」
耳を突き抜けるような声で妖精は呼びかけた
しかし老人は反応を示さない
よほど集中しているのか
いくら視線を横切っても
その眼に映るは太古の文字だけだった
ムスッとした妖精は
ついに頁の上に降り立つ
両腕を腰に当てて
頬を膨らませる
こうして精一杯の怒りを表現しているつもり
けれど次の瞬間には
容赦なく頁がめくられ
妖精は危うく転げ落ちるはめになった
「もう!ナ・イ・ア・ス・さ・ま!」
おもむろに丸められた羊皮紙を
目の前に突き出してみせる
ようやく老人は目の前の存在に気づいた
「おお、エラか」
「なんじゃ、今いいところなんじゃよ」
「やれやれだわ……」
「ほら、部下からの大事な報告よ」
「最低限目を通すくらいはしなさいな」
「全くこれで大賢人というから驚愕だわ」
手に抱えた書物を一旦脇に置き
さも面倒そうに羊皮紙に目を通す
そして急に真剣な面持ちになった
「ふむ……」
突然早足で歩き出す老人に
妖精は慌ててついていく
「どうやら、面倒なことになったようじゃ」
* * *
謁見室に鎧を纏った武人が二人
そこへ藍のローブに身を包んだ老人がやってきた
「ナイアスさま、ご多忙の所お呼びして申し訳ありません」
明らかに物陰で妖精が笑いを堪えていた
「しかし事態は急を要します」
「兵士たちは報復をすべきとして完全にいきり立っております」
「ですが先にナイアスさまに目を通して頂きたいものがあります」
上品な敷き布に載せられて
やや大振りの斧が運び込まれた
「これがクノーラ雪原守備分隊長の頭に突き刺さっていたものです」
「見ての通りクリスタルから削られたものであり……」
「分隊長の遺体は?」
悲しみに満ちた眼が尋ねた
「はい、やはり長時間昇華を許されない状態が続いたため」
「すでに欠片が離散してしまっています」
「残念ながら……」
「そうか……」
暫し背を向けたまま老人はどこかを見ていた
そして振り返って目の前の斧を指差す
「お前さんはこれがどこのものだと思う?」
武人はやや震えていた
「……斧に刻まれた紋様や装飾から」
「間違いなくネツァワルのものかと……」
「そう思うだろうな」
呆気に取られる
「と、言いますと……」
「ナイアスさまは違うとお思いですか?」
老人は物陰の妖精に合図する
すると妖精はその体の三倍はあるかという
分厚い書物をいくつか
空中に浮かばせながら運んできた
置かれた書物に
老人は静かに手をかざす
途端に頁が激しくめくられ
さっとある項目で止まった
全員の視線が一斉にそこへ集中する
示されたのはネツァワルの工芸史に関する項目だった
藍の稲妻が両側で棚引く
その間を我らネツァワルの王が進む
後ろに従うは小隊長とわたし含む
シュア島守備隊の分隊長の面々
目の前には厳かに飾られたエルソードのテント
停戦の翌日
予定通りエルソードの老錬金術師が着くと
すぐさま使者が招待の意をもってきた
話し合いはエルソードの本陣で行われるというわけだ
兵士の中には話し合いの場は両陣営の境ですべきだという声もあったが
何しろこちらは疑いをかけられている身である
誠意を示す意味でも
こちらから出向いてやるのが道理というものだろう
それに相手は知を求めるあの老錬金術師だ
万が一にも卑劣な手を用いるようなことはあるまい
とのことで黙認されることになった
テントに入ると
まずはカーテンに仕切られた小部屋となっていた
ここで全員武具を預けることが要求された
この先は知が司る空間であり
武具の一切の持込は同国の者含め不可なのだそうだ
躊躇はあったが
担当の兵士の眼が真剣そのものだったので
わたしは改めてこの制度が本当なんだなと理解し
仕方なく身に着けている鎧の止め具を外して
布地の衣服の姿になる
兵士は預かった武具をそのまま傍に品よくたてかけ
続いて丁寧な仕草で中へ進むよう示した
カーテンをくぐった先で
かの老錬金術師は座っていた
他には誰一人いない
(なるほど)
これもまたエルソードなりの誠意の示し方なのだ
わたしたちが入ると
老錬金術師は立ち上がり
用意された座席の方を薦めた
「これは話し合いの場であり」
「すなわち対等の前提に立っていると理解している」
「したがって礼は言わない」
王の言葉に老錬金術師は頷く
ところで
わたしたちにとって
エルソードの王たるこの老錬金術師を間近に見ることは
当然ながら生まれて初めてである
にもかかわらず
わたしは瞬時にこの老人に心底敬服し
確かにこの方に仕えたくなるのも無理はないと思ったものだ
我らが王のヒュンケルさまの眼からは
自らの手で道を切り開いてきた誇りと
そしてこれからも切り開いていくであろう強靭な意志が感じられるが
この老人の眼からは
悠久の時を経て積み重ねられた膨大な知識と
そうして見てきたが故に悟ってしまった悲しみが読み取れた
全員が席につくと
間もなく一人の兵士が例の斧をもってきた
(ほう)
わたしは一瞬
これが残忍な事件に使われた斧であることを
忘れてしまうほど見とれてしまった
「これが現場に残されていた例の斧です」
老錬金術師は淡々と語った
斧はわたしたちの目の前に置かれ
我に返ったわたしは慌てて注意深くその斧を見回した
「これって……」
なるほど小隊長も納得がいかない様子だった
「うむ、装飾から製法まで」
「極力似せようとしているのは分かるが」
「ネツァワルの人が見れば一目瞭然だ」
王は老錬金術師に視線を戻す
「断言していいだろう」
「この斧はネツァワルで造られたものではない」
「証拠がほしいのなら実物を含めた関連資料を送ろう」
「尤も恐らくエルソードの蔵書にないようなものは少ないだろうが」
「やはりか……」
わたしは思わず自分の耳を疑った
だが間違いない
この老錬金術師は今「やはり」と言ったのだ
暗黒の中で火花の煌きだけが意味を紡ぐ
すなわち前線の後退
眼に捉えることのできるわずかな光と
今まで戦ってきた中で培った経験を頼りに
ひたすら防戦に徹する
いつしか周囲から味方の姿が減っていき
敵軍の照準がどんどん自分の身に集まっていくのが分かる
「第二防衛線交戦開始!」
「援軍はまだか!?」
悲鳴があちこちで沸き起こる
もはや方角も分からない
(まだか?もう随分経ったはずだ)
レイスのダークミストは長くはもたない事実
たとえ頭では分かっていても
非常事態の神経がその時間を永遠へと引き延ばしていく
我が身から一つ一つクリスタルの欠片が失われていく実感が
さらに意識を限界へと追い詰めていく
そして視界が開けた時……
(ああ……)
目の前にあったのは
まさに今振り下ろさんとする敵兵のいくつもの刃だった
……
意識の海
泳ぐ泳ぐ泳ぐ
目指すはクリスタルの収束点
はるか遠くから声がする
誰だろう
分からない分からない
紅のたてがみ
紅の斧
ここはどこだろう
分からない分からない
ああ
わたしは死んだのか
死とは何なのだろう
分からない分からない
クリスタルから生まれた世界
世界から生まれたものたち
彼らはどこへ行く?
分からない分からない
全てはクリスタルから発散する
全てはクリスタルへと収束する
意識の海
泳ぐ泳ぐ泳ぐ
目指すはクリスタルの収束点
……
…
白いもやが晴れる
そしてわたしは防衛拠点の前に立っていた
動こうとすると
脳裏を最後の瞬間の映像がよみがえって
ずきっと痛む
どうやら少し静かにしている必要があるようだ
拠点のすぐ近くに佇む巨大なクリスタルの傍で
シュア島守備隊小隊長が立っていた
彼女はわたしに気付くと
小さく微笑んだ
「戦況はどうなりました?」
焦って尋ねるわたしを
彼女は共にくるようにの合図で手招きした
「大丈夫、敵の進軍は止まったわ」
訳がわからなかった
そして彼女は前線だった方向を指差す
そこにいた姿を見て
わたしは不覚にも唖然としてしまった
風に揺れる紅のマント
棚引く紅のたてがみ
力強き獣の掌に握られた紅の大斧
傍らに跪くネツァワルの戦士たち
「ヒュンケルさま……」
小隊長はわたしを連れて我らが王の前に跪く
「シュア島守備隊小隊長」
「ならびに同隊前線分隊長ただ今参りました」
「うむ、此度は苦労をかけたな」
何か言わなければと思ったが
余りの事に何も浮かばず
ただ頭を今一度深く下げる
「事態は把握した」
「どうやら事は伝令の言うほど単純ではないようだ」
「さきほどエルソードにも使者を送った」
「明日にもあの老錬金術師はやってくるだろう」
そっと王の視線の先を見る
彼方で丁度停戦の信号弾が打ち上げられていた
夜明けと共に巨人の一斉砲火が鳴り響いた
シュア島攻防戦の開始である
前方の視界を激しい閃光が遮り
続けて絶え間ない地鳴りと土煙が吹き抜けた
目が眩まないように
閃光が収まるまでの間
腕全体で庇うように顔を覆う
次の瞬間
横を一陣の馬蹄音が走り抜けた
蹴り荒らされた人の頭ほどの岩が飛び散り
築いておいた木杭のバリケードは無残にもへし折られた
「敵ナイト、第一防衛線を突破!」
「構うな!目の前の歩兵に集中しろ!」
分隊長の指令と歩兵の報告が嵐のように渦を巻く中
やがて地鳴りと土煙の向こうから
エルソードの最前線部隊が見えてくる
「第一防衛線、敵第一陣と交戦開始!」
「弓兵かまえ!……うてーーぃ!」
自らの頭を追い越す形で矢の雨が敵軍へ注がれる
しかし敵戦士は手に持つ武器の大きさを生かして
体の前に盾のごとく構えて
矢を弾いていく
「間を作るな!弓兵第二陣かまえ!……うてーーぃ!」
「第三陣続けて……うてーーぃ!」
敵陣からも矢が発射される
空中で矢と矢がぶつかり合い
一瞬の間を置いてから
大地に刃が鋭く降り注ぐ
「弓兵蜘蛛矢かまえ!前線衝突に合わせるぞ!」
振り下ろされる紅の斧と共に
防衛部隊の主力が走り出す
合間を縫うように抜けていく白き糸に合わせて
敵軍は大きく跳びあがる
手に持つ巨大な両刃斧を後ろに引くように構え
振り下ろされる相手の得物を迎える形で
下から円を描いて振りあげる
激しく金属と金属が削りあい
火花が辺り一面に瞬きを放つ
そのまま振り抜いた刃を
身を返すようにして水平に一回転させて
今度は敵顔面に向かって叩き下ろす
空を切る刃は大地に突き刺さり亀裂を作り出す
後ろに跳ねた相手はそのままの反動を利用して
長い跳躍の刃を打ち出してくる
状況は予想よりもうまくいった
丁度敵軍が坂を上がるという地の利もあって
防衛隊は敵の侵攻をなんとか食い止めていた
あとは味方の後方からの増援が到着するまで時間を稼ぐ
それでシュア島を守ることができると思われた
しかし一瞬の目の霞がいとも簡単にその希望を握りつぶす
戦いは丁度敵兵が大きく振りかぶった所
(避けられる)
思考よりも体が先に反応して
ひざのバネを使って斜め後ろへ跳ぶ
そこへ突如脚に走る激痛
バランスを崩したわたしはそのまま地面に転がっていく
何事かと足先を見ると
感覚を麻痺させようかという霜焼けができていた
(まさか!?)
視線を敵陣奥に向けると
その巨大な青白い姿はあった
下ろされる偽りの夜の帳
戦場は一瞬にして混沌の最中に落とされた
響き渡る絶望にも似た味方の報告
わたしの思考は真っ白になった
「敵陣にレイス出現!第一防衛線崩壊!」
轟音と共に巨大な閃光が前方の崖下で迸った
しかしそれを気にかける者はいない
膠着状態に突入してからすでに二日が経っていた
戦場では巨人の砲弾が時折飛び交い
無意味な威嚇砲火が大地を削るのみ
絶え間ない緊張だけが兵士たちの士気を
徐々に削っていく
歩哨に立ちながら
この戦いが起こった成り行きを思い起こす
ネツァワルより北東に位置する国
エルソードからの突如の宣戦布告
開戦までの慌しい中
周辺から避難していく商人の話から
わたしは原因がこちらの工作部隊にあることと知った
シュア島とクノーラ雪原をはさむ国境関所にて
エルソードの衛兵が一人を残し全て殺されたという
しかもただの殺し方ではない
死者に微塵の敬意も感じられないかのように
四肢が切断され無残に打ち捨てられていた
それだけに飽き足らず
クリスタルを削って作られた斧が
死者の脳天に深々と突き刺さり
その身の昇華すら許さない
まさしくそれは見せしめるためだけに行われた殺人だった
これには当然ながらエルソードは激怒
翌日には約一中隊規模が押し寄せた
迎えうつはシュア島守備隊一小隊に加えて
緊急の増援要請に応えて
フェブェ雪原から駆けつけた一分隊のみ
合わせてもせいぜい50人前後
もちろん増援部隊が後方からさらにやってくるのだろうが
果たしてそれまでに持つかどうか……
(それにしても……)
やはり違和感が拭い切れなかった
ネツァワルの軍構成を全て把握している訳ではないが
それでも工作部隊がそれほど多くないことは知っていた
ましてや今回のような品に欠ける事件が
作戦として指示されたとはとても考えられない
何者かが無理やりエルソードとネツァワルを
戦わせようとしているように感じられた
はるか前方の崖上で
着実にたいまつの灯火が増えている
この均衡も間もなく崩れるだろう
その時わたしたちはこの地を守りきれるのだろうか
司令部への定時報告を済ませると
わたしは再び視線を彼方の敵軍に戻した
テストを兼ねて投稿してみます
『しめじを食べよう』の記事は
創作作品以外は移行しないつもりです
細かい設定などはまたゆっくり弄るとして
ひとまずは使い心地を試してみます