2007

04.27

竜の谷 (2)

雪原に眩い閃光が炸裂した
銀の大地がそれをいく重にも反射し
一瞬にして視界を白が埋め尽くした
何が起こったかとっさに認識できない
馬のいななき 落馬の音 断末魔
その中からかすかに小隊長の声を拾う

「包囲陣!」

すぐさま中心地から距離を置く
馬が円を描くように連なっていく
やがて幕が少しずつ上げられて
最期の舞台が蹄のリズムに合わせて始まった

奴は明らかに一対多の戦い方を心得ていた
隙あらば着実に動きを封じられ
こちらが奴を捉えた時には喉元に刃が迫っている
決して一か八かの勝負はせず
ただ淡々とこちらの数を減らしていく
思えばわたしはこの時にしてようやく
一人で一分隊を壊滅に追い込むことの意味を
真に理解したのかもしれない
徐々に同胞が減るにつれて焦りだけが募っていく
たとえそれが奴の思うツボだとわかっていてもだ

このままでは埒があかない
小隊長もどうやら同じ思いのようだった
手に持つ剣を一度高く掲げ
右後方に振り下ろして単騎駆け出す
まさかこの場面で!?
唖然とするも命令に従い円より抜け出していく
小隊長の合図は即ち陣の解除
わたしたちに下がらせ
一対一にて決着をつけようというのだ

抜け出たわたしは離れる前に
一度馬を小隊長の横につける
そのまま併走した状態で手綱を渡された
無言のまま小隊長はわたしに向けて頷く
あとはお前に任せるということだろうか
しばらく眼と眼が見つめ合ったのち
わたしは頷き返した
おどろいたことに小隊長は笑っていた
そして走る馬から跳び降りると
わたしは二頭の馬を操ってその場をあとにした

両者が対峙した

口元をやや隠す形で盾を胸の前に
剣は突き下ろすように上段に構える
相手も間合いをはかるように目元に短剣を持ってきた
じりじりと公転しながら静かに半径を縮める
やがて互いの領域が重なった時
歩みは一転して疾走となった

最初に仕掛けたのは小隊長だった
盾で相手の得物を払いのけると同時にやや跳び上がり
落ちる勢いも利用して強烈な斬り込みをくり出す
それを紙一重でかわされると
回転に身を任せて盾で足元を防ぐ
ここで刃先を返し逆回転で大きく横一文字に振り払い
両者共に一旦距離を空ける

一呼吸を置いて再び駆け出す
今度は左右にフェイントを織り交ぜながら
流れるような連続斬りを放つ
全くかする気配がしない
ならばと相手の着地を見計らって
盾で剣全体を覆った姿勢から鋭い突きを刺し込む
腕に軽い圧力が加わり
相手の体が頭上を舞うように越えていく
化け物め!
心で罵りながら急ぎ背を屈める
かろうじて首のあった場所を相手の刃が空振りした
大技のあとは隙も大きい
振り返るに乗せてなぎ払う
はじめての手応え
剣は交差した二本の短剣に受け止められるも
純粋な力の差は歴然
殺しきれなかった分が相手を軽々と吹き飛ばす
雪の上を何回転かして
またも睨み合いに戻った

突然相手が何かに気を取られたかのように
北方の山脈を遠望した
そして安心した表情でこちらに向き直り
両手を力無げに下ろした

「何のつもりだ!」

小隊長が怒鳴りつける
緋色の獅子は含み笑いを浮かべながら
さも見下した目で覗き込んできた

「もはやお前たちには追いつけまい」
「あの子はまもなく加護されし地に踏み入る」
「これ以上お前たちがこの地に留まる理由はない」
「おとなしく老錬金術師の元に帰るが良い」

言い終わるや否や崩れ落ちる肉体
そのまま二度と動かない

* * *

不可解なことに
死体の昇華はとうに始まっていたらしい
その具合から推定された死亡時刻は
わたしたちとの接触より二時間前だという
ではわたしたちは何と戦っていたのだろうか

「ここより北には何がある?」

馬の鞍脇に括りつけた荷物から
羊皮紙の地図を抜き出し広げる
指先で現在地をたどり
地図に付記された方位に沿って動かしていく
やがて一つの文字列に突き当たった

「竜の谷です……王家の墓があるという……」

顔を上げると小隊長はすでに馬上だった

「動ける者は引き続き北上」
「負傷者は副長と共に拠点にもどれ」
「竜の谷……そこにエリス王女がいるはずだ!」

何が彼をそこまで突き動かすのか
わたしにはすでに分からなくなっていた
別れを言う暇さえなく走り去る小隊長の一行を
わたしたちはただ眺めているしかなかった

創作
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