2007

04.17

水晶の斧 (5)

薄暗い天井まで届く一面の棚
そこに並べられた万は超える書物
埋め尽くされた空間のわずかな隙間を
ただ古びた紙の匂いがぎっしりと充満していた

ふと小さな明かりが通り過ぎる
棚と棚の間をするすると抜けていく
明かりが通ったあとには
線香花火のような煌きが残った

明かりがようやく目的の人物を見つけ出した
迷路のような部屋の一角で
老人は静かに頁をめくっていた

「ナイアスさまぁ〜!」

耳を突き抜けるような声で妖精は呼びかけた
しかし老人は反応を示さない
よほど集中しているのか
いくら視線を横切っても
その眼に映るは太古の文字だけだった

ムスッとした妖精は
ついに頁の上に降り立つ
両腕を腰に当てて
頬を膨らませる
こうして精一杯の怒りを表現しているつもり
けれど次の瞬間には
容赦なく頁がめくられ
妖精は危うく転げ落ちるはめになった

「もう!ナ・イ・ア・ス・さ・ま!」

おもむろに丸められた羊皮紙を
目の前に突き出してみせる
ようやく老人は目の前の存在に気づいた

「おお、エラか」
「なんじゃ、今いいところなんじゃよ」

「やれやれだわ……」
「ほら、部下からの大事な報告よ」
「最低限目を通すくらいはしなさいな」
「全くこれで大賢人というから驚愕だわ」

手に抱えた書物を一旦脇に置き
さも面倒そうに羊皮紙に目を通す
そして急に真剣な面持ちになった

「ふむ……」

突然早足で歩き出す老人に
妖精は慌ててついていく

「どうやら、面倒なことになったようじゃ」

* * *

謁見室に鎧を纏った武人が二人
そこへ藍のローブに身を包んだ老人がやってきた

「ナイアスさま、ご多忙の所お呼びして申し訳ありません」

明らかに物陰で妖精が笑いを堪えていた

「しかし事態は急を要します」
「兵士たちは報復をすべきとして完全にいきり立っております」
「ですが先にナイアスさまに目を通して頂きたいものがあります」

上品な敷き布に載せられて
やや大振りの斧が運び込まれた

「これがクノーラ雪原守備分隊長の頭に突き刺さっていたものです」
「見ての通りクリスタルから削られたものであり……」

「分隊長の遺体は?」

悲しみに満ちた眼が尋ねた

「はい、やはり長時間昇華を許されない状態が続いたため」
「すでに欠片が離散してしまっています」
「残念ながら……」

「そうか……」

暫し背を向けたまま老人はどこかを見ていた
そして振り返って目の前の斧を指差す

「お前さんはこれがどこのものだと思う?」

武人はやや震えていた

「……斧に刻まれた紋様や装飾から」
「間違いなくネツァワルのものかと……」

「そう思うだろうな」

呆気に取られる

「と、言いますと……」
「ナイアスさまは違うとお思いですか?」

老人は物陰の妖精に合図する
すると妖精はその体の三倍はあるかという
分厚い書物をいくつか
空中に浮かばせながら運んできた

置かれた書物に
老人は静かに手をかざす
途端に頁が激しくめくられ
さっとある項目で止まった
全員の視線が一斉にそこへ集中する

示されたのはネツァワルの工芸史に関する項目だった

創作
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